「おいで!」と呼んでも、ちらっとこちらを見てそのまま行ってしまう。何度呼んでも来ない。大きな声で呼んでもダメ。
「うちの子、名前を呼んでも来ないんです」——これは飼い主さんからよく聞く悩みのひとつです。
「信頼関係が足りないのかな」「しつけが甘かったのかな」と自分を責めてしまう方もいますが、ほとんどの場合、問題は信頼関係でも性格でもありません。
名前を呼んでも来ない犬の多くに、共通した「学習の構造」があります。その構造を知れば、改善の方法はシンプルです。
この記事では、「呼んでも来ない」が起きるメカニズムと、段階的に改善するトレーニング法をお伝えします。
「呼んでも来ない」は性格じゃない——犬が名前に反応しなくなる理由
犬が名前を呼ばれても来ない理由は、大きく3つに分かれます。
理由① 「名前を呼ばれる=嫌なことが起きる」と学習している
これが最も多いケースです。
思い当たることはありませんか? 名前を呼ぶ場面を振り返ってみてください。
- 遊んでいる途中に呼んで、リードをつけて帰る
- 名前を呼んで、爪切りや耳掃除をする
- 名前を呼んで、叱る
- 名前を呼んで、ケージに入れる
犬の記憶の仕組みでは、行動と結果がセットで記録されます。「名前を呼ばれる→楽しいことが終わる・嫌なことが始まる」という経験が積み重なると、犬は名前を聞いても来るメリットを感じなくなります。
これは犬が反抗しているのではなく、過去の経験から「来ないほうが得」と合理的に判断しているのです。
理由② 「名前=いいこと」の連想がまだ作られていない
子犬のころから名前を呼んでいても、それが「来たら褒められる」という体験と結びついていないケースがあります。
名前は毎日何十回も呼ばれます。「ご飯だよ」「散歩行くよ」「こら!」「おいで」——いろんな文脈で使われすぎると、名前そのものが持つ「来たらいいことがある」という信号としての意味が薄れてしまいます。
理由③ 呼ばれたときに、他の刺激のほうが魅力的
散歩中に別の犬のにおいを嗅いでいるとき、公園で走り回っているとき——こういう場面では、犬の注意はすでに他のものに向いています。
このとき「おいで」と呼んでも無視されるのは、飼い主への信頼が低いからではなく、「今やっていること」の報酬が「来たときの報酬」を上回っているからです。リコール(呼び戻し)トレーニングが進んでいないうちは、外での刺激には勝てません。
やってしまいがちなNG——「来ない犬」を作るパターン
良かれと思ってやっていることが、実は「来ない犬」を育てていることがあります。
NG① 来たときに叱る・嫌なことをする
「やっと来た! どうして最初から来ないの!」と叱ってしまう。これは最もやってはいけないことです。
犬は「来たら叱られた」と記憶します。次に呼ばれたとき、来るメリットはさらに下がります。来るまでに時間がかかっても、来たら必ず褒める。これは絶対のルールです。
NG② 来なかったら追いかける
呼んでも来ないので、犬を追いかけて捕まえようとする。これも逆効果です。
犬にとって追いかけっこは「遊び」です。「呼ばれたあとに追いかけてもらえる→楽しい」という学習が成立してしまい、来ないことへの強化につながります。
NG③ 名前を繰り返し呼ぶ
「おいで、おいで、おいで、こっちだよ、おいで……」と何度も繰り返してしまう。
名前や「おいで」を繰り返すと、犬にとってその言葉は「来なくていい合図」になっていきます。1回呼んで来なければ、追加で呼び続けるのではなく、別のアプローチに切り替えましょう。
NG④ 来たときのご褒美が「普通の声かけ」だけ
「えらいね」と撫でるだけでは、強い刺激に勝てません。リコールトレーニングの初期段階では、特別においしいおやつを使うことが重要です。「来たら最高にいいことがある」という強い報酬を用意することで、他の刺激との競争に勝てるようになります。
改善法——「名前=いいことが起きる」を積み上げる段階的トレーニング
「呼んでも来ない」を改善するには、名前と「最高にいいこと」を結びつけ直すところから始めます。段階を追って進めていきましょう。
ステップ1:まず「室内で確実に来る」を作る
いきなり外でのリコールを練習しようとしても、刺激が多すぎてうまくいきません。まずは家の中で、距離が近い状態から始めます。
愛犬が近くにいるとき、名前を1回だけ呼びます。こちらを向いた瞬間に「よかった!」と明るい声をかけながら近づき、特別においしいおやつを渡します。ここで大切なのは、来なくても叱らないこと。来たときだけ全力で喜ぶこと。
これを1日に数回、短い時間で繰り返します。「名前を呼ばれる=すごくいいことが起きる」という記憶を、まず室内で積み上げます。
ステップ2:距離を少しずつ伸ばす
室内で安定して来るようになったら、距離を広げます。別の部屋から呼ぶ、廊下から呼ぶ、庭から呼ぶ——少しずつ難易度を上げていきます。
このとき、来るたびに毎回おやつを渡します。「10回に1回はおやつなし」にするのは、この段階ではまだ早いです。安定するまでは毎回報酬を出し続けましょう。
ステップ3:外での練習はロングリードで始める
外でのリコール練習には、5〜10メートルのロングリード(長いリード)を使います。ノーリードで練習するのは、完全に定着してからです。
ロングリードをつけた状態で少し距離を取り、名前を呼びます。来たら「最高のご褒美」を渡します。来なかった場合は、リードを軽くたぐり寄せながら呼びかけ、こちらに来た瞬間を全力で褒めます。
外では室内の5倍くらいの刺激があります。成功率が低くても焦らず、「外でも来たらいいことがある」という体験を積み上げることが目的です。
ステップ4:「名前を呼ぶ場面」を意識して増やす
日常のなかで、名前を呼んで「いいこと」を渡す機会を増やします。
- 名前を呼んで、おやつをあげる(理由なし)
- 名前を呼んで、一緒に遊ぶ
- 名前を呼んで、好きな場所へ散歩に行く
「名前を呼ぶ=嫌なことが始まる」という連想を上書きするには、名前を呼ばれて来たときに「楽しいことが起きる」体験をとにかく増やすことが一番の近道です。
ステップ5:嫌なことをする前には名前を使わない
爪切り・耳掃除・シャンプーなど、犬が嫌がることをするときは、名前を呼んで呼び寄せるのをやめましょう。
「名前を呼ばれる→嫌なことが始まる」という上書きを防ぐためです。嫌なことをするときは、自分から犬のそばに行く。この習慣を変えるだけで、リコールの精度が上がります。
よくある疑問Q&A
Q1. 何歳からでもトレーニングできますか?
A. はい、何歳からでも始められます。成犬・シニア犬でも「名前=いいことが起きる」という新しい学習は積み上げられます。ただし、長年染みついた習慣の上書きには時間がかかるため、焦らず続けることが大切です。
Q2. おやつなしでも来るようにしたいのですが
A. おやつは「学習の初期段階」に必要な道具です。「来たら必ずいいことがある」という連想が安定してきたら、おやつの頻度を少しずつ減らしていけます。ただし完全にゼロにするのではなく、ランダムに出し続けることで「もしかしたらもらえるかも」という期待を維持するのがおすすめです。
Q3. ドッグランで呼んでも来ません
A. ドッグランは犬にとって刺激が最も多い環境のひとつです。室内→庭→公園(リード付き)→ドッグラン、という順に難易度が上がると考えてください。ドッグランでのリコールは、他の場所でのトレーニングが完全に定着してからの「応用編」です。いきなり挑戦しても成功しにくいため、段階を踏んで練習しましょう。
Q4. 「おいで」と名前、どちらを使えばいいですか?
A. どちらでも構いませんが、コマンドは1つに統一するのが基本です。「おいで」「こっちきて」「来い」を混在させると犬が混乱します。1つのコマンドを選んで、全員が同じ言葉を使うようにしましょう。名前を呼んでから「おいで」とコマンドを続ける形もよく使われます。
まとめ——「来ない」のは、来るメリットがまだ足りないだけ
今回の内容をまとめます。
- 名前を呼んでも来ないのは、信頼不足でも性格の問題でもない
- 「来たら嫌なことが起きる」という学習が積み重なっている可能性が高い
- 来たときに叱る・追いかける・名前を連呼する——これらが「来ない犬」を作る
- 改善の基本は「名前を呼ばれて来たら、最高にいいことが起きる」を積み上げること
- 練習は室内から始めて、段階的に外へ広げていく
- 嫌なことをするときは名前を使わない習慣に変える
来るまでに時間がかかっても、来た瞬間は全力で喜んであげてください。その1回が、次の「来る」につながります。
愛犬は来たくないのではありません。ただ、来るための理由がまだ足りていないだけです。

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